誰も得しない日記や雑記

読み手はいない。あるがままに書きたい。

生まれてきた意味。

今日は全然違ったニュアンスの文を書く。

 

自分自身の「心の奥」の棚卸しだ。

 

人は成長するに従い自我が形成される。

それまでは父や母の言葉によって心が形成させる。

そして、いつしか自我が形成され、母や父の言葉を超え、自分自身の言葉が主に心を作るようになる。

 

タイミングとしては、おそらく思春期であろう。それまでは自分が世界の中心にいると思っていた。何もかも思い通りになると。

やがて、群集の中での恥ずかしさやためらいが生まれる。転校という環境の変化に応じて、より一層自我に意識が向いた。

ここから、自分自身の、「自信を失った言葉たち」が心を作っていく。

自我が形成されるまでは健康に育った心。

しかし、自我が生まれ、自分自身で上手に心を育てることに失敗したのだろう。

仕方ないことだ。過去は過去だ。

 

まあそれはそれで。

話は変わり、「一体自分は、何のために生まれてきたんだ?」

「俺は、人を幸せにするために生まれてきたんだ。」

 

自分が言われたい言葉、聞いたらワクワクする、聞いたら明るくなる、それを言ってるだけでも自分がワクワクする、そんな言葉をたくさん言うようにすれば、人生はどんどんワクワク楽しく明るくしかならない。